【筍(竹の子)執着物語・上】 2002.4.28

 今年の私は、何故か筍に執拗に執着していた。 去年の今頃は早期胃がんの術後の関係か、筍に見向きもしなかったし、今までの人生でこれほど筍が食べたい、食べたいと思ったことはなかった。
 簡単「筍ちらし寿司のつもり」(寿司飯に筍とチリメンジャコと錦糸卵風のものを混ぜただけのもの) は何回も作ったし、若竹も何回か作った。天麩羅にも挑戦してみた。でも もっと食べたい。「筍づくし」を食べてみたい。ああ 食べてみたい。

 ホームページで探すこと1時間以上。安くて美味しそうな店。
 筍づくしは「京料理」で高いこと高いこと。ちょっとしたお店では底値で8000円。 有名な京都の錦水亭では12000円から。かしこまったところは ちょっとかなわん。 値段もちょっと適わない。
 
 金沢の別所町では農家で2500円くらいで食べさせてもらえるらしい。心は揺れまくる。金沢まで行こうかな とさえ思った。
 京都で有名な神崎屋さんというお店があり、宅配でお弁当を注文できる。内容のメニューをメールで問い合わせた。お返事は

 「竹林倭人」(ちくりんわじん=お弁当の名前)のメニューですが、すべて2人前です。 筍ごはん、筍刺し身、木の芽和え、梅肉あえ、地がつおに筍てんぷら、麩まんじゅう、焼き筍がはいっております。 ぜひ、春の味をお楽しみください。     店主

 2人前では アカン。がっくり。

 あっちゃこっちゃとホームページをうろうろしているうちに京都府長岡京市に「うお寿」 さんというお店を見つけた。

竹の子定食3500円 
 木の芽和え、直焚き、竹の子姿寿司、筍ご飯、香の物、
 若竹吸物、果物
 
竹の御前6000円
 木の芽和え、竹の子姿寿司、造り、直焚き、田楽、筍まんじゅう、
 筍ご飯、香の物、若竹吸物、果物 

筍料理8500円
 食前酒、手毬揚、筍豆腐、木の芽和え、竹の子姿寿司、造り、
 直焚き、田楽、 焼筍+海老姿焼、筍挟み揚、筍まんじゅう、
 筍ご飯、香の物、若竹吸い物、果物

というメニューであった。張り込んで竹の子御前に的をしぼり、行こうと決めた。 でも一人はちょっと淋しい。そこで、人生の先輩のKさんに電話をしてみた。
 Kさんは電話をした時、ちょうど竹の子をゆがきの最中だったにもかかわらず、 竹の子づくしの食事同伴に快諾。優しい。嬉しい。

 さて、決行当日、幸い晴天。せっかく行くのだから「うお寿」さんの近所にある乙訓(おとくに)寺 にも行くことにした。早良親王が幽閉されたお寺さん。「花の寺」としても有名。
 ちょうど境内には牡丹の花が盛り。なんとも言えない良い香りだ。赤、白、黄色、ピンクと 様々な色の牡丹が咲く。短い参道には竹の子や弁当、草餅が売っていた。
 Kさんは早速 竹の子と草餅を買われた。草餅は失敗だった。値段は高く味もいけない。 竹の子の方が草餅よりも安かった。

 頃合を見計らったようにお腹も減ってきたので「うお寿」さんに行くことにした。 時刻はお昼前。ちょうど良い時間だ。店内はまだ空いていたが、最初から混んできたら 相席でお願いしますと念を押された。このお店は名前の通り、魚も美味しいらしい。 店内には大きな生け簀もあった。

 目標は竹の子御前だったけど、メニューを見て、3500円の竹の子定食に変更。 他に1品料理の焼筍と天麩羅を頼み、二人で半分こにした。筍の直焚きは、いわゆる 「てんこ盛り」で量がすごい。
 なんやかやと料理評論家よろしく批評しながら二人で仲良く食べていたら、 店内は込み合ってきた。

 私たちの前に、初老のご夫婦が相席で座られた。大阪の高槻から凝られたそうだ。 気のいい楽しいご夫婦で、他愛のない口ゲンカをしながら、自分たちの通ってこられた道、 筍を買った店などを交互に話しながら教えてくれる。 その会話を聞いているだけで、なんとも愉快になってきた。

 「柳谷(やなぎたに)観音 楊国(ようこく)寺は緑が綺麗だった。 山ツツジも咲いていた。行く道は竹林で気持ちいい」 というお話だ。

 「私らはこれから光明寺に行くんです」
 と、Kさんが柔らかな響きのホンマモンの京都弁で言ったら、 高槻のご主人がホンマモンの大阪弁で
 「今は紅葉(もみじ)のとんぼ(種)しかないで。緑は綺麗やろうけど。 あそこの近所の八百屋がええ。新タマネギの芽がウマイ。あもうて(甘くて)ホンマにうまい」
と 答える。奥さんも
「ほんまに美味しいし、今しか食べられませんのや」と相槌。

 お二人は前に農業を営んでおられたそうだ。料理の仕方を教えてもらい 「光明寺はもうええな、八百屋と柳谷観音さんにいこ」と言ったら、 高槻のご主人は、わざわざ車に戻って地図を取ってきてくれ、 丁寧に行き方まで教えてくれた。私たちは、新たまねぎの芽と柳谷を目指して店を出た。

 竹の子料理の方は、お腹は満足。味は全体的にちょっと甘め。好みでいうと、もう少し甘味を 押さえて、サッパリしている方がいい。筍ご飯の筍があまりに小さく、筍の身上の歯ざわりが楽しめなかった。姫皮を主体に使ってあったような気がする。
 とにもかくにも 憧れというか執念が達成された。 生まれて初めての筍づくしを味わえたので それだけで満足。見た目とおおよその味がわかった ので、次からは自分でも作れる。
 ちなみにこのお店は、食べきれなかった料理を持ち帰りに させてもらえた。ただし、長いこと持って歩かないようにという注意はあったが。

 Kさんは「錦水亭」さんも経験済みで、味の比較を尋ねたら、やはり向こうの方がかなり上手 らしい。器も全然違うということだった。値段でいくとこんなものだろうという評価であった。

 さて、光明寺さん近くの八百屋さんには無事に着けたが、タマネギは売りきれたあとだった。 無念。仕方なく柳谷観音さんを目指した。車中で、先程の楽しいご夫妻の話を思い出し、 感想を話しながら笑いっぱなしだった。
 あんまり笑いすぎると アタマの中の大事なことが飛んで行く。「いくつめの信号を曲がる」 と教えてもらっていたのだが、しっかり忘れていた。
 私たちは、二人が二人とも良く言えば鷹揚で、しかし、とんでもない方向音痴だったのが この後わかった。(次回 下 に続く)